First Penguin

映画、アニメ作品などの内容のまとめ及び感想の備忘録

攻殻機動隊 S.A.C. ep.2 「暴走の証明 (TESTATION)」

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Introduction

攻殻機動隊 S.A.C. の第二話 a stand alone episode 2

タイトル通り、戦車が「暴走」する話。

機械が暴走するというと故障の様にも思うが、今回は違う。

暴走を始めた戦車には意図が存在した。

サブタイトルの「TESTATION」の和訳は「遺贈」。

遺贈とは、遺言によって財産を他人に与えることである。

 

Abstract

剣菱重工の演習ドームで、最終調整中の新型多脚戦車(HAW206)が暴走を始める。

搭乗者は誰なのか。目的は何なのか。

市街地へ向かう戦車に秘められた意図を探りながら、9課は追跡を始める。

 

Discussion

 剣菱重工の演習ドームで多脚戦車が暴走を始める。騒然とする現場。それを見つめる男。

 剣菱重工というのは戦車開発を行っている会社らしい。戦車の見た目はタチコマに似ているが、大きさはタチコマの倍ほどもある。作業員のセリフ

作業員「おい!あれには誰が乗っている」

から分かる通り、AIを搭載してはいるが、自律型のタチコマと違い搭乗者を要する戦車である。現場を見つめる男は、

男「これでいいんだな、加護」

 と呟く。この男が実行犯で、その裏には加護という人物の意図があるように思われる。

 

 タチコマの整備を行っている場面に少佐が現れ、事件の詳細を説明し9課の出動を告げる。暴走する戦車の搭乗者は一週間前に死亡した加護タケシの認識コードを使用していること以外、詳細は不明。

 タチコマの整備シーンでのバトーらのやりとりがおもしろい。

赤服「今のところ、各機体ごとの個体差は認められんな」
バトー「つまりお前には個性がねぇってことだよ」
タチコマ「個性?」
赤服「どの機体をチョイスしても同じスペックで扱えると言ってほしいね」
バトー「ふぅん…だがそれじゃ面白味がねぇぜ」

AIによって自律し、ユーモラスな会話ができたとしても、結局のところ機械であるタチコマは、個性を持ち得ない。ということらしい。赤服が言うように人間が扱う機械としてはそちらの方が都合が良さそうだが、バトーは不満な様子。ただ、そもそも彼らがこの話題に触れているということは、彼らも機械であるはずのタチコマに個性の可能性を感じないわけではないという事だろう。ヘリに乗り込むタチコマたちの

タチコマA「播磨研究学園都市って僕たちのニューロチップが作られたところでしょ」
タチコマB「生まれ故郷に凱旋!」
タチコマC「お喋りしてると少佐に怒られるよ」

このやりとりは個性があるようでかわいらしい。整備中にバトーが「これは機械に対する愛なの」と言いながら1機のタチコマに天然オイルを与えるシーンは、後のエピソードへの伏線となっている。

 

 タチコマに乗って現場に降り立つ少佐。少佐の指示により、警察は封鎖を解いて道路をHAW206に譲る。それを追う少佐とバトー。パズの報告によると、テロリストによる犯行の可能性は低い模様。荒巻、トグサ、イシカワは剣菱で調査を進める。

 警察が大人しく少佐の指示に従うことから、9課の権限の強さが窺える。隊員たちの

隊員A「攻機初めて見たよ」

隊員B「実在していたんだなぁ」

というセリフから、警察の人間からしても特殊な存在であることが分かる。

 

 迎撃ポイントでサイトーが狙撃を行うも、失敗。高速道路に乗り市街地へと進むHAW206。追跡を続ける少佐とバトー。

 狙撃するサイトーの義体化された左目は「鷹の目」といい、狙撃時に衛星と通信して使うものらしい。追跡中にタチコマたちの印象的なシーンがある。1機のタチコマがHAW206に撃たれた際、

バトー「大丈夫か」

撃たれたタチコマ「ダイジョウブデース」

とボロボロに撃ち倒されながらも軽快に答える。それを見たほかのタチコマたちは、

タチコマA「いいないいな壊れたよ」

タチコマB「構造解析されちゃうかも」

と、興奮気味。どう見ても大丈夫そうでないタチコマは自身の損傷を気にしていない様だし、他のタチコマたちも気遣うどころか楽しげに眺めている。先のやりとりでは個性的で人間らしくも見えたタチコマだが、やはり彼らは、攻撃された個体もそうでない個体も個体差無しに本質的に機械でしかないのだろう。

 

 事情聴取されていた男(オオバ)が全てを話した。戦車に乗っているのは一週間前に死亡した加護で、男が加護の脳をHAW206のAIに繋いだ事が暴走の原因だと明らかになる。兵器の設計に天才的な才能を発揮した加護だが、生まれつき体が弱く義体化無しでは20歳まで生きられないと医師から告げられていた。しかし、宗教的な理由から、義体化、電脳化は許されず、戦車への執念で懸命に生きるも28歳で死亡。似たような境遇で育ちながら義体化することで生き延びたオオバは、加護の「肉体が死んだら宗教から解放される。そうしたら、脳を取り出し戦車に繋いでくれ」との遺言を実行に移した。生前、病弱な体に生んだ両親を恨み、「鋼鉄の体に生まれたい」と漏らしていた事からトグサは、加護の目的は両親への復讐であると結論付ける。
 

 冒頭の男が呟いた一言の意味が明らかになった。加護について語られ、トグサが暴走の目的を推理する。しかし、トグサの導いた結論には疑問が残る。まず、本当に両親を憎んでいたのであれば生前に両親を裏切って義体化することもできただろう。加護がそうしなかったのは宗教的な理由によるものだと遺言にあるが、果たしてそうだろうか。これは私見だが、宗教によって抑圧されるものがあるとすればそれは肉体ではなく精神だろう。「生から解放されれば両親の教えに背くことなく鋼鉄の肉体を手に入れられる。」とあるように、加護が背けなかったのは宗教ではなく、両親だったのではないだろうか。病弱な体に生んだ両親を恨んでいるようで、その実病弱な体自体を恨んでおり、死によってそこから解放され、鋼鉄の体を手に入れることを望んだのではないだろうか。そもそも、人間の脳を戦車に繋ぐ事は外見が人間でないだけで義体化と変わらないはずだ。その意味では、機械に見えるHAW206は素子やバトーと同じように生命体であると言えるだろう。

 

 高速を飛び出して実家へと向かうHAW206。タチコマでは太刀打ちできないと見た少佐は戦車に飛び乗る。荒巻が剣菱の説得に成功し、ヘリからイシカワが剣菱の対多脚兵器を打ち込む。全身を固められたHAW206は実家に倒れこみ沈黙。少佐が加護の脳を取り出そうとしていると、両親が家から出てくる。HAW206は両親に襲い掛かろうとするが、咄嗟に少佐が加護の脳を焼き切り、暴走は止まる。

 タチコマたちにワイヤーで引きずられながらも実家への坂を力強く上ろうとするHAW206。これが鋼鉄の体を手に入れた加護なのだと分かると泣けてくる。実家に辿り着き、両親に銃口を向けたところで加護の脳は少佐に焼き切られる。復讐の為に銃口を向けた様にも見えるが、伸ばした手で何かを掴もうとしていた様にも見える。手を伸ばした先の母の胸にはHAW206の模型が抱かれていた。加護の脳を焼き切る瞬間、少佐に走馬灯のように加護の記憶が流れ込んでくる。その時の素子のセリフ、

バトー「くそったれ。そこまで自分の親が憎かったのか」
素子「違う。加護の脳を焼いたとき、一瞬だけど感じたわ。『どうだい母さん。鋼鉄の体になった俺の姿』そんな自慢とも復讐ともつかない奇妙な感覚」
バトー「やめとけ。それは、ただの錯覚だ」
素子「ならいいんだけど。それを確かめる術は二度となくなったわ」

ここでもまた泣いてしまう。やはり加護は母を憎み、復讐の為に暴走したのではなかったのだ。憎んできた弱い体から解放され、鋼鉄の体を手に入れた力強い自身の姿を母に見せたかったのだ。それこそが彼の遺贈だったのだろう。素子が感じた感覚をバトーが否定した理由は分からない。加護が復讐を果たそうとしていると早合点し、脳を焼き切った事に対する罪悪感を抱かせない為だろうか。

 

Conclusion

機械の暴走という無機的な事件の裏には、加護という男の哀しいエピソードがあった。

戦車を追うシーンでは、実動部隊の活躍と剣菱上層部に掛け合う策略的な活躍が見事に描かれている。お決まりのBGMと共に少佐が戦いに出る場面もしっかりとある。

タチコマに触れるシーンが多かった点でも、後のエピソードに果たす役割は大きい。同じ多脚戦車のタチコマとHAW206は機械と生命体という対比にある。両者の決定的な差は「個性」の有無である。個性を持たないタチコマたちはAIによって自律し、人間と会話ができても結局は機械でしかない。一方、HAW206は演習場では機械に過ぎないわけだが、加護の脳が繋がれたことで生命を宿し、加護タケシという個たりうる存在になっている。生身の部分を持つか否かは両者の境目にはなっていない。本論でも述べたが、脳を戦車に繋いだ加護と、義体化し電脳化した少佐は、何が違うのだろうか。

 

 

*1:©士郎正宗Production I.G/講談社攻殻機動隊政策委員会 攻殻機動隊 S.A.C. 第二話より引用